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渋江厚光 : ミニ英和和英辞書
渋江厚光[しぶえ ひろみつ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [しぶ]
 (n) astringent (puckery) juice (of unripe persimmons)
: [こう, え, ごう]
 【名詞】 1. inlet 2. bay 
: [あつ]
 (suf) thickness
: [ひかり]
 【名詞】 1. light 

渋江厚光 : ウィキペディア日本語版
渋江厚光[しぶえ ひろみつ]
渋江 厚光(しぶえ ひろみつ、文化14年11月20日1817年12月27日) - 明治22年(1889年2月16日)は、幕末から明治にかけての出羽国久保田藩家老渋江政光の子孫である渋江和光(まさみつ、佐竹義和より偏諱を授かる)の嫡男。別名、貞治(さだはる)。通称は内膳。禄高3000石。
渋江氏代々の慣習により、藩主の佐竹義厚(義和の子)より偏諱を授かって厚光と名乗る。天保8年(1837年)家督を父より相続する。文久元年(1861年)に家老となり、元治元年に職を辞したが、藩論を尊王に導いて戊辰戦争庄内藩などに出陣した。明治元年(1868年)に家老に復し、盛岡藩主父子の東京護送などの任にあたった。明治22年(1889年)、73歳で没した。墓所は秋田市の全良寺。

== 参考文献 ==

*日本人物大辞典(講談社)
*渋江和光日記(秋田県公文書館蔵)



抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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