翻訳と辞書
Words near each other
・ 楠目城
・ 楠目橙黄子
・ 楠真依
・ 楠神順平
・ 楠精一郎
・ 楠綾子
・ 楠織あやの
・ 楠美圭史
・ 楠美恩三郎
・ 楠美晩翠
楠美津香
・ 楠美省吾
・ 楠美聖寿
・ 楠英二郎
・ 楠葉
・ 楠葉台場
・ 楠葉宏三
・ 楠葉牧
・ 楠葉絵美
・ 楠葉西忍


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

楠美津香 : ミニ英和和英辞書
楠美津香[くすのき みつか]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [くすのき]
 【名詞】 1. camphor tree 2. cinnamonum camphora 
: [び]
  1. (n,n-suf) beauty 

楠美津香 : ウィキペディア日本語版
楠美津香[くすのき みつか]
楠 美津香(くすのき みつか、1962年3月24日『楠美津香』人物情報 - NAVER人物検索 〕 - )は、日本女優ピン芸人東京都出身〔。夫は、モロ師岡〔。女性ひとりコントのパイオニア的存在〔「【笑芸繁盛】コント 楠美津香 演芸・演劇の“枠”超えて」産経新聞東京夕刊、2001年9月18日、6頁。〕で、「ひとりコントの女王」の異名を取る。
== 来歴 ==
元々は女優志望だったが、横浜放送映画専門学院(後の日本映画学校)で内海桂子・好江の漫才教室でお笑いに目覚め〔、卒業後の1982年に級友と女性コントコンビ「ピックルス」を結成してデビュー。『お笑いスター誕生!!』で9週勝ち抜きを果たした〔が、1984年頃に解散。その後、コントコンビ「コントきゃんでいず」を結成するも短期間で解散。1986年、コントコンビ「ふらみんご」を結成。1987年10月には、第2回NHK新人演芸コンクール演芸部門最優秀賞を受賞したが、1989年頃に解散した。
その後は放送作家やコント作家として活動〔していたが、モロ師岡が演じるひとりコントのライブを見て、舞台復活を決意〔「[らいぶ笑](2)楠美津香 1人コントで異彩放つ 都会の女性を活写」読売新聞東京夕刊、1993年1月16日、10頁。〕。1992年よりひとりコントの単独ライブを始め〔、演芸場にも出演した。また、1992年夏にモロ師岡と結婚〔した。
1993年4月からは一年間、『たけし・逸見の平成教育委員会』(フジテレビ)にレギュラー出演して知名度を高めた〔「ひとりコントで大忙し 楠美津香、28日にジャンジャンでライブ」産経新聞東京夕刊、1994年4月16日、6頁。〕。
3年間の出産、育児を経て、1999年にライブを再開〔。2000年からはシェイクスピアの戯曲を現代の日本に翻案(本人は「超訳」と称している〔「エネルギッシュな舞台をどうぞ*シェークスピア講談調で*楠さんが一人芝居*17日旭川、18日には鷹栖」北海道新聞朝刊旭川版、2004年7月14日、29頁。〕)し、講談調の一人芝居にアレンジ〔した「ひとりシェイクスピア」シリーズの舞台を続けている。
楠本人は自らの芸風を、「演劇にも演芸にもなじまない立場。あえて、『一人称文学の世界』と称しています」と話している〔「一人シェークスピア、燃焼中 演劇でも演芸でもない 楠美津香、集中・迫力の20作」朝日新聞 東京夕刊、11頁、夕刊be金曜5面〕。また、ひとりコントの舞台は、脚色、演出も一人で行っている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「楠美津香」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.