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梁川郁雄 : ミニ英和和英辞書
梁川郁雄[やながわ いくお]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [はり]
 【名詞】 1. a beam 
: [かわ]
 【名詞】 1. river 2. stream 
: [おす]
 【名詞】 1. male (animal) 

梁川郁雄 : ウィキペディア日本語版
梁川郁雄[やながわ いくお]

梁川 郁雄(やながわ いくお、1941年1月10日- )は、広島市出身で〔デイリースポーツ広島版、2009年3月4日、9面〕、1960年代に阪急ブレーブス広島カープでプレーしたプロ野球選手である。現役時代のポジションは、外野手
なお、1963年からの2年間は、登録名を「梁川 在雄(読みは、上記と同じ)」に変更していた。
== 来歴・人物 ==
同じ広島出身で同学の張本勲とは高校時代に反対のルートを辿る〔。1956年広陵高等学校に入学(当時は梁川在雄)、1年からレギュラーとなり同年夏の甲子園広島県予選では二番ファーストで出場したが、無名の廿日市高校に初戦敗退すると、監督の指導方針に造反し退学〔『広陵野球史』、広陵野球史編纂委員会、1992年、149-151頁〕〔。梁川の後、秋季大会から二番に入ったのが同級の三原新二郎〔。大阪の浪華商業(現・大体大浪商)に転校し、張本や山本集とチームメイトになるが、野球部が不祥事により1年間の出場停止になったため、仕方なく広島に戻り広島松本商業高校(現・瀬戸内高校)に再転校した〔。同校卒業後、関西大学へ進学。関西六大学リーグで通算37試合に出場し、95打数25安打、打率.263の成績を残すが3年で中退し、1962年に阪急ブレーブスへ入団。
ルーキー年には西鉄ライオンズとの開幕戦で3-3の同点で延長11回からサヨナラヒットを放つなど、この年は103試合に出場し「阪急に期待の大物出現!」と連日スポーツ紙を賑わせる活躍だった〔。
しかし二年目以降は出場のチャンスを与えられず、自身の腰痛もあって控えの外野手となる〔。ブレーブスには5年間在籍し1967年、念願叶い地元・広島カープへトレードされたが、出番は5試合に留まり一年で引退した〔。
現役引退後は広島市西区に在住し、横川駅近くなどで飲食店(串焼 狄(てき))を経営。最後の監督だった長谷川良平は何度も店に足を運び激励してくれたという〔。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「梁川郁雄」の詳細全文を読む




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