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呉徳俊 : ミニ英和和英辞書
呉徳俊[お とくちゅん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ご]
 【名詞】 1. giving 2. doing (something) for 
: [じゅん]
 【名詞】 1. excellence 2. genius

呉徳俊 : ウィキペディア日本語版
呉徳俊[お とくちゅん]

呉 徳俊(吳德俊、オ・トクチュン、)は大韓民国軍人'')は大韓民国軍人
== 人物 ==
1921年、慶尚南道金海に生まれる。1943年、関西大学法科卒業。学徒出陣して福知山予備士官学校卒業。広島県の部隊に勤務し、ここで原爆にあって顔半分を被曝し皮膚の色が違っていた。終戦時、日本軍少尉。韓国に帰国後は朝鮮建国準備委員会慶南支部軍事顧問〔。
1946年2月26日付で、軍事英語学校卒業の扱いで任少尉(軍番10059番)、第5連隊(釜山)付〔。1948年6月28日、第3旅団参謀長。同年8月8日、第5旅団参謀長〔。1949年4月15日、第22連隊長。同年5月、護国軍参謀副長補佐官〔。同年7月25日、第10連隊長。
1950年3月に来日して第24師団で研修を受けていたが、朝鮮戦争が勃発すると帰国。部隊(呉徳俊部隊と呼ばれる)を編成して西南部で第6師団の遅滞に任じた。1950年11月、第9師団長。1951年、第11師団長。1952年8月、済州地区衛戍司令官兼第1訓練所長。1953年から1954年までアメリカ陸軍指揮幕僚大学に留学。
1955年、合同参謀本部長。
1957年、第2訓練所長。7月、第3軍団長。
1959年7月、第5軍団長。
1960年5月、戦闘兵科教育司令官。
1961年、予備役編入。11月、農業協同組合中央会長。
1963年、韓国輸出貿易公社代表理事。
1964年、大東工業株式会社会長。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「呉徳俊」の詳細全文を読む




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