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プレクラスニー : ミニ英和和英辞書
プレクラスニー[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

プレクラスニー : ウィキペディア日本語版
プレクラスニー[ちょうおん]

プレクラスニー1987年 - 1998年)は日本競走馬第104回天皇賞(秋)で、1位で入線したメジロマックイーン降着により繰り上げ優勝となった馬である。馬名はロシア語で「非常に美しい、素晴らしい」という意味。
「顔全体が白っぽい」という見た目にもわかりやすい特徴があり、よしだみほの漫画『馬なり1ハロン劇場』ではその点を「スクリーントーン貼り忘れ」とたびたびネタにされている。
馬齢は旧表記で統一する。
== 戦績 ==
デビューから2戦はダートで凡走したが、馬場が芝に、騎手も名手増沢末夫に代わった3戦目、4戦目を勝利した。その後は条件戦を走りながら着実に力をつけていった。
明け5歳となった1991年4月の晩春ステークスからは引退した増沢に代わり若手の江田照男が鞍上を務めた。晩春ステークスを勝利し、続くエプソムカップで勝利、重賞初制覇となった。休養を挟んだ毎日王冠ではダイタクヘリオスバンブーメモリーGIクラスの相手に勝ち、天皇賞の有力候補となった。そして臨んだ天皇賞(秋)では1位メジロマックイーンに6馬身差をつけられての2位で入線した。だが、第2コーナーで他馬の進路を妨害したとしてメジロマックイーンは18着に降着となり、プレクラスニーの繰り上げ優勝というGI史上初の事件が起こった。これによりプレクラスニーはGI初制覇、江田照男騎手は史上最年少19歳での天皇賞制覇となったが、実際には6馬身差の完敗であり、表彰を受ける関係者には微塵の笑顔もなかった。後日生産者の嶋田克昭は優駿1991年12月号で「表彰台から早く降りたかった」と語っている。今度こそメジロマックイーンに先着をと臨んだ有馬記念では4着(メジロマックイーンは2着)に敗れた。
この後脚部不安を発症し、6歳以降は一度もレースに出ることなく引退した。
通算成績15戦7勝、東京競馬場では5戦5勝、芝1800 - 2000メートルでは10戦7勝2着3回、全成績でも掲示板を外したのは適性のないダート戦1度だけという成績であったが、天皇賞繰り上げ優勝の印象が強すぎるのか、そのような評価がされることはほとんどなかった。
種牡馬入りしてからは活躍馬以前に種付けそのものがほとんどなく、中央競馬での産駒の総勝ち数は3勝、代表産駒が府中3歳ステークス (GIII) 4着のストレラーという有様である。1998年には種付け希望がなくなったため、JRAに引き取られて余生を過ごしていたが、1998年1月30日に放牧中に骨折、安楽死となった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「プレクラスニー」の詳細全文を読む




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