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サンダウン競馬場 : ミニ英和和英辞書
サンダウン競馬場[さんだうんけいばじょう]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

競馬 : [けいば]
 【名詞】 1. horse racing 
競馬場 : [けいばじょう]
 【名詞】 1. racecourse 2. race track 
: [うま]
 【名詞】 1. (1) horse 2. (2) promoted bishop (shogi) 
馬場 : [ばば]
 【名詞】 1. horse-riding ground 
: [ば]
 【名詞】 1. place 2. field (physics) 

サンダウン競馬場 : ウィキペディア日本語版
サンダウン競馬場[さんだうんけいばじょう]

サンダウン競馬場(Sandown Racecourse)またはサンダウンパーク競馬場(Sandown Park Racecourse)は、イギリスサリー州イーシャーのサンダウン公園にある競馬場である。19世紀末にヨーロッパ初のパークコース(競馬専用施設)として誕生した競馬場で、サラブレッド平地競走ナショナルハント競走が行われている。
革新的な新しい試みを積極的に採用してきた競馬場で、イギリスの競馬ファンからしばしば「最優秀競馬場」に選ばれている〔〔。
大きな競走は夏に行われる平地競走のエクリプスステークス、冬に行われる障害競走のティングルクリークチェイストルワースハードルである〔。
==歴史==
サンダウン競馬場は、ヨーロッパで初めて、完全に「競馬場(パークコース)」、すなわち、「完全に囲われた競馬観戦専用の有料施設」として誕生した。イギリスをはじめ、従来の競馬は、公共の広大な丘陵や草原に走路を設定し、観客は周囲から自由に(もちろん無料で)観戦することができた。観戦用のスタンド(観客席)もあったが、たいていは予約制の貴賓用だった〔〔。
19世紀はイギリス各地に競馬場が乱立した時期で、安易に財政改善を当て込んだ市長と小さな資力しか持たない宿屋の経営者などが結託して町外れに競馬場を造り、あっという間に競馬場は不正の横行と治安の悪化を招いて潰れる、ということが相次いだ。この時期、イギリス国内では数百の競馬場が誕生して、そのほとんどが消えた〔。
これに対して、サンダウン競馬場は競馬のエキスパートたちによって周到に計画された事業だった。創設者のホーファ・ウイリアム(Hwfa William)は、競馬会社を設立してロウワーバグショットサンズの土地を購入し、一流馬の出走に相応しい走路を設計し、フランスの最新の建築を採用してグランドスタンド(観客席)を設けた。ホーファの計画で最も先進的だったのは、競馬場の周囲を3メートルもの高い柵で完全に囲い、一般の観客から1/8ポンドの入場料と観覧料を徴収したことである。同時にホーファは招待制のメンバー席も設けた〔〔〔〔。
この結果、競馬場はエレガントな環境が保たれることになり、特に上流階級の女性の支持を集めた。この方式が成功したことで、まもなく近隣にケンプトン競馬場リングフィールド競馬場が同じ方式で造られた〔〔〔。
サンダウン競馬場が成功すると、11年目の1886年にホーファは新しい大競走を創設した。この競走はクラシック競走〔一般的な競馬の知識を持つ読者は困惑するかもしれないが、日本ではふつう「クラシック」というと3歳三冠戦を意味するが、イギリスの文献では「馬齢重量の大レース」をクラシック競走(classic race)と表現する文献が少なくない。ただしClassic Raceや''Classics''と大文字で書くと、たいていは日本と同じように、「ギニー、ダービー、オークス、セントレジャー」を意味する。〕として創設され、3歳馬と古馬が馬齢重量で争うものとしてはシーズン最初の競走で、7月初旬に行うように設計された。アメリカでは3歳馬と古馬が本格的に争うのは秋以降だが、イギリスではこの競走の創設以降、一流の3歳馬と古馬が初夏に対戦するのが通例となった。この競走は、前世紀の名馬にちなんでエクリプスステークスと命名され、1マイル1/4の距離で、当時のダービーステークス倍以上となる賞金10,000ポンドを争った。競馬の賞金が1万ポンドの大台にのったのはエクリプスステークスが史上初だった〔〔〔〔。
サンダウン競馬場の成功や、追随したケンプトン競馬場、リングフィールド競馬場の水準が抜きん出ていたことで、他の新興の小競馬場は淘汰された。まもなくジョッキークラブは、サンダウン競馬場と同等の走路を備えない競馬場の新設を認めない方針を打ち出した〔〔。
1915年から1918年のあいだは第一次世界大戦のため競馬場が農地となり、しばらく閉鎖された。第二次世界大戦期も閉鎖を余儀なくされたが、終戦後再開されると、1947年にBBCを通じて初めての競馬のテレビ中継を行った〔〔〔。さらに1957年には、イギリスではじめて商業スポンサーを迎えてレースを行った〔。これが「ウィットブレッドゴールドカップ」で、スポンサーになったのはイギリスのウィットブレッド社(:en:Whitbread)である〔。ウィットブレッドはイギリス最大のホテル事業者であると同時に飲食産業なども手がける多国籍企業で、1957年以来、約45年に渡ってこの競走のスポンサーを務めた。その後はしばしばスポンサーが変わり、現在はベット365ゴールドカップとして行われている〔。
1960年代には用地問題などを巡って存続が危ぶまれたが、地元の住民の協力も得て解決した。1970年代にはスタンド改修が行われてしばらく閉鎖され、エクリプスステークスがケンプトンパーク競馬場で代替開催されたほか、いくつかの重賞が休止されている。新しい観客席は1974年にオープンし、以来そのスタンドと競馬場は何度か「イギリス年度代表競馬場」に選ばれている〔。スタンドの裏手にはパドックがあり、パドックと走路はロードデンドロン・ウォーク(Rhododendron Walk、「シャクナゲ歩道」の意味〔『英国競馬事典』,レイ・ヴァンプルー、ジョイス・ケイ共著,山本雅男・訳,財団法人競馬国際交流協会・刊,2008,p149〕)と呼ばれる通路でつながっていて、出走馬がここを行進していく様子もサンダウン競馬場の風物詩となっている〔〔。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「サンダウン競馬場」の詳細全文を読む




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