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アーネスト・オーランド・ローレンス : ミニ英和和英辞書
アーネスト・オーランド・ローレンス[らん]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
ラン : [らん]
 【名詞】 1. (1) run 2. (2) LAN (local area network) 3. (P), (n) (1) run/(2) LAN (local area network)

アーネスト・オーランド・ローレンス ( リダイレクト:アーネスト・ローレンス ) : ウィキペディア日本語版
アーネスト・ローレンス[らん]


アーネスト・オーランド・ローレンス(、1901年8月8日 - 1958年8月27日)は、アメリカ合衆国物理学者カリフォルニア大学準教授(1928年 - 1930年)、のち教授(1930年 - 1958年)。兼バークレー放射線研究所所長(1936年 - 1958年)。
原子物理学素粒子物理学で標準的に使用される加速器であるサイクロトロンを発明したことで知られる。さらに、門下の物理学者たちによるサイクロトロンを用いた多くの人工放射性元素の発見を指導した。ネプツニウムを筆頭に1950年代までに発見された超ウラン元素のほとんどは彼が所長を務めていたバークレー放射線研究所(現在のローレンス・バークレー国立研究所)で合成されている。
第二次世界大戦中はマンハッタン計画に参加し、質量分析法によるウラン235の工業的分離に成功した。戦後も加速器の改良に力を注ぎ、バークレーにベヴァトロン(Bevatron)と名付けられた当時世界最大のシンクロトロンを建設した。セグレチェンバレンらによる反陽子の発見もベヴァトロンによるものである。
1939年、「サイクロトロンの開発および人工放射性元素の研究」によりノーベル物理学賞を受賞した。1958年には第1回シルヴェイナス・セイヤー賞Sylvanus Thayer Award)を受賞している。
第103番元素ローレンシウムの名はローレンスの名にちなんでいる。
彼の弟ジョン・ローレンスJohn H. Lawrence1904年-1991年)も物理学者となり、シンチグラフィのパイオニアとして知られている。
また、後にトリニトロンの原型となるアパーチャーグリル式のブラウン管であるクロマトロンを発明した人物でもある。
== 生涯 ==

=== 生い立ち ===
アーネスト・オーランド・ローレンスは1901年8月8日、サウスダコタ州リンカーン郡郡庁所在地カントンCanton)でカール・グスタヴス・ローレンス(Carl Gustavus Lawrence)とその妻グンダ・ローレンス(Gunda Lawrence、旧姓ジャコブソン; Jacobson)の長男として生まれた。両親はともにノルウェー系で、父親はここで教育長をしていた。
ローレンスの少年時の友人に、後に物理学者となって近接信管を開発したマール・チューヴMerle Tuve)がおり、ローレンスとチューヴは二人で簡単な無線装置を作ったりしていたという。
カントン高等学校を卒業したのち、1918年にローレンスは医学を志してセントオラフ大学に入学した。翌年にサウスダコタ大学に移って医学の勉強を続けたが、ここの電気工学部の教授であったルイス・エイクリー(Dean Lewis E. Akeley)の影響で進路を変更した。ローレンスは1922年、優秀な成績で化学の学位を取得した。その後ミネソタ大学の修士課程に進み、チューヴとともにW・F・G・スワン(William Francis Gray Swann)の元で学んだ。
ローレンスは1年で物理学の修士号を取得したがその後も研究室に留まり、スワンが1923年シカゴ大学に、1924年イェール大学に移ったときも行動を共にした。そして1925年光電効果に関する論文でイェール大学から物理学の博士号を取得した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「アーネスト・ローレンス」の詳細全文を読む

英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Ernest Lawrence 」があります。




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