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陽其二 : ミニ英和和英辞書
陽其二[みなみ きじ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [よう]
  1. (adj-na,n-adv,n) way 2. manner 3. kind 4. sort 5. appearance 6. like 7. such as 8. so as to 9. in order to 10. so that 1 1. yang 1
: [き]
 (n) that
: [に]
  1. (num) two 

陽其二 : ウィキペディア日本語版
陽其二[みなみ きじ]
陽 其二(みなみ きじ/よう そのじ、天保9年(1838年)6月29日 - 明治39年(1906年)9月24日)は、横浜毎日新聞創立者、幕府海軍官僚。は天老居士。
== 経歴 ==
代々幕府の唐通事を務めたの遺臣帰化人。肥前国長崎に生まれる。
本木昌造に学び、文久2年(1862年)に幕府海軍長崎丸汽関方となり、元治元年(1864年)に江戸に出て、中邦逸郎鬼塚辰之助の3名で鉄砲洲慶應義塾に学ぶ。慶応元年(1865年)長崎製鉄に勤務して活版印刷技術を開発し、慶応2年(1866年)に活版所を開設。明治4年(1871年)に井関盛艮の企画で日本初の日刊新聞『横浜毎日新聞社』を創設。
発行の実務を担当するが、明治5年(1872年)に同社を退社し、横浜で印刷所「景諦社」を創立。のち明治7年(1874年)に同社を王子製紙に売却する。明治9年(1876年)には大蔵省第一銀行の命により、銀貨試売のために行員と共に通詞として香港・上海に渡り、帰国後、第一銀行の東京・横浜製紙分社総括を兼務した。
明治10年(1877年)に雑誌『穎才新誌』を創刊・主宰。書道中国料理に通じ、晩年には料理店「偕楽園」を創業。内国勧業博覧会審査員、東京築地活版製造所跡見女学校教授等も歴任した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「陽其二」の詳細全文を読む




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