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金字塔 : ミニ英和和英辞書
金字塔[きんじとう]
【名詞】 1. pyramid 2. monumental work
===========================
: [きん]
  1. (n,n-suf) (1) gold 2. (2) gold general (shogi) (abbr) 
金字 : [きんじ]
 (n) gold or gilt letters
金字塔 : [きんじとう]
 【名詞】 1. pyramid 2. monumental work
: [じ, あざな]
 【名詞】 1. character 2. hand-writing 
: [とう]
  1. (n,n-suf) tower 2. pagoda 
金字塔 ( リダイレクト:ピラミッド ) : ウィキペディア日本語版
ピラミッド[とう]

ピラミッドPyramid、ハラム)は、エジプト中南米などに見られる四角錐状の巨石建造物の総称であり、また同様の形状の物体を指す。その形からかつては金字塔(きんじとう)という訳語が使われていた。現代においても「金字塔」は、ピラミッドのように雄大かつ揺るぎもしない後世に永く残る立派な業績(偉大な作品や事業)などを表す代名詞となっている。
== 古代エジプト ==

古代エジプトにおけるピラミッドは、巨石を四角錐状に積み上げ、中に通路や部屋を配置した建造物である。王が天に昇る階段としての役割や、その斜めの外形が太陽光を模したものであるとも考えられている。ピラミッドは単体で完成したものではなく、付随する葬祭殿等との複合体として考えるべき特徴を持つ。(大ピラミッドなどの代表的な例では)ピラミッド本体には基本的に北面に入り口があり、玄室(と思われる部屋)に至る道や「重力分散の間」と呼ばれる謎の機構など、未解明の仕掛けがある。
ヘロドトスの『歴史』に記述されて以来、一般的には奴隷強制労働で築いた王墓とされてきたが、1990年代に入ってからギザの大ピラミッド付近でピラミッド建造に関わったとされる人々の住居跡や墓が見つかり、ピラミッド建設に関わった道具や、手術跡など高度な外科治療が施された人骨が発見された。更には、女性や子供達の骨も数多く発見され、家族で暮らしていたことが推測された。こうした事実から、ここに住んでピラミッド建設に携わっていたのは、虐げられていた奴隷ではなく、専属の労働者がいたことが明らかになった。また、ピラミッド建設に必要な高い建築技術は専門の技術者でなければ持っていないこと、建設に関する労働者のチーム編成や作業記録が文字で残っていることから、専門的な知識を持った技術者がいたことも間違いないと思われる。
また、住居跡があることから、技術者は年間を通してピラミッド建設現場に居住していたことが分かっている。ナイル川が上流のサバナ気候の影響で氾濫し、農業ができない間農民が労働力として使われていた救済土木事業説もある。
以上の様にピラミッドが「何時頃」「どのような労働力によって」作られたか。と言う点についてはおおむね解明されていくものの、「なんのために」「どのような建築方法で」作られたかについては定説が無い。最も有名な「王墓説」は王家の墓が別に発見されることから否定される傾向にあり、その他「日時計説」「穀物倉庫説」「宗教儀式神殿説」「天体観測施設説」もその後の研究や物証によって否定されるなど主たる意見と成りにくい現状がある。またドイツの考古学者であるメンデルスゾーンが提唱した「農民救済の公共事業説」のように物証を伴わない説は反証されることもないが、同じく実証を伴わないアイディアに留まる傾向が強く主たる論とはなっていない。そのため一周廻ってやはりピラミッドは「王墓」であるという説明が続けられていることが多い。
この解明されない「ピラミッドの謎」に対して1992年視覚デザイン学の高津道昭が、砂に埋もれ次々と発見されていく新発見のピラミッドの配列に注目し「ピラミッドはテトラポットである」と推論し、2013年土木工学・河川技術家の竹村公太郎が補強した、「ピラミッド「群」はナイル川の「からみ」説」が提唱されている。
これは、カイロを起点としナイル川の扇状地に広がる九州より広い流長200キロ4-5万平方キロもの地域が、紀元前4000年の縄文海進以後の海水面降下により干潟化し前3000年頃のエジプト王朝成立以後200年後からのデルタ干拓が、ピラミッド造営と歩を一にしていることから提起された。
ナイル川支流のバハル-ユーフス支流が西岸に分岐しリビア砂漠に消える地点であるエル-ラフンからアブ-ラワシュまでのピラミッド群列が、その東岸の山岳地形から切り出した石材を用いて砂漠地である西岸に100基以上配列されている事に注目し、有明海干拓でも1000年もの歴史が伺える「からみ工法」の為の「ガタ」を作る為の起点であると推論した。インフラの専門家である武村は日本の古記録から、歴史家が様々な推論を提起したアイディアであっても合理的実利的な目的を有しない巨大な土木工事は永年に渡って実行しえないという著述を多く出しているが、古代エジプト人が葦が生い茂る「大いなる緑」と呼んだ、周囲の砂漠とは隔絶された生命の楽園であるナイルデルタを実利的に維持せんとした、と説く。
日本の大和川付け替え工事は、全く近代利器を使わず30万石程度(工人1万人弱)の手伝い普請により30キロ以上の堤防(盛り上げ)を8ケ月の工期で作っているが、有明海のからみでの例もあり、現地で用いうる原材料(土と砂)により工法は決定されるだろう。
巨大河川は氾濫期には地勢流勢によって驚くほど蛇行する。ギザより下流であればその水と肥沃な土壌はデルタを潤すが、上流では東岸の強固な山岳地勢と西方の砂漠によりどんどん西行し砂漠に吸い込まれるか、少なくともその勢いを大きく減じる。それをデルタに導くためには少なくとも数100キロの堤防を作る事が望ましい。統一王朝による強力な強制力を以って洪水時の氾濫水をからみとる「からみ」として石材提を作り、氾濫流速を落とした地点に溜まる土砂を以って堤防とする。
現在新発見される砂に埋もれたピラミッドは土中にうもれて意味があった建造物であり、その時代に可能で必要とする大きさ以外に製法はこだわりが無く千年の建造期間の間に適切な工法・形で作られれば良い。と言う論旨である。
また三大ピラミッドは高地に建てられ趣を別にする。上記の用途に全く適合しないのである。こちらは高地(標高60m)に建てられた150mクラスのピラミッドである点に注目し、ランドマークとして3基必要な陸の灯台大理石で平滑に作られた反射板)であると論述されている。
標高200mのピラミッドの尖頭のきらめきは、視地平距離で計算すると海上保安庁天測計算表で3.837×√200でおよそ55キロまで視認されることになる。
いずれにせよ新しいアイディアや推察の元でも、複数の用途を兼ねていたり、歴史的発展があったこともありうるが、まだまだ統一した想定は取られていないのが現状である。
仮に新しい「からみ説」が正しいとして、それが認知されるにはやはり考古学的実証・すなわち利根川東遷工事によって大干拓が成された関東平野や大和川付け替え工事によって低湿地から脱した大阪平野の様に何らかの発掘による調査で裏打ちされなければならないだろう。
なお、2008年11月にサッカラで発見されたシェシェティ女王のピラミッドはエジプト国内で118基目である。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ピラミッド」の詳細全文を読む

英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Pyramid 」があります。




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