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醍醐忠重 : ミニ英和和英辞書
醍醐忠重[だいご ただしげ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

醍醐 : [だいご]
 (n) (gen) (Buddh) the finest thing in this world
: [おも]
  1. (adj-na,n) main 2. principal 3. important

醍醐忠重 : ウィキペディア日本語版
醍醐忠重[だいご ただしげ]

醍醐 忠重(だいご ただしげ、明治24年(1891年10月15日 - 昭和22年(1947年12月6日)は、日本海軍軍人貴族院議員。爵位は侯爵
== 来歴 ==

=== 誕生~海軍少尉 ===
1891年10月15日に、東京市麹町区元園町で公卿華族清華家」の醍醐侯爵家の嫡子として生まれる。父・醍醐忠敬戊辰戦争において奥羽鎮撫副総督を務めたが、1899年に家督相続に絡む怨恨によって甥(忠敬の兄忠告の子)の格太郎に射殺された。この事件が大スキャンダルに発展してしまい、これが原因で醍醐家は没落、忠重は公卿摂家一条家に引き取られて養育された。賀陽宮恒憲王は忠重の従兄弟にあたる。
1897年東京市麹町尋常小学校(現・麹町小学校)に入学〔『人間魚雷 特攻兵器「回天」と若人たち』鳥巣建之助著 新潮社 1983 p315〕。1900年学習院初等科第三学年に転学し卒業。同年8月18日侯爵家を継承し、侯爵となる。1906年学習院中等科に進学。1909年9月11日海軍兵学校40期)へ入学、入校時の成績は150名中126位と下位だったが、学問や訓練に強い態度で臨み、1910年7月17日には海軍兵学校において品行優良章を授与される栄誉に輝く。
栄誉の日から丁度2年経った1912年7月17日に海軍兵学校を卒業、卒業時の成績は144名中17位だった。同日中に海軍少尉候補生として、装甲巡洋艦吾妻」へ乗り組んで実習を重ねていく。同年12月5日練習艦隊として遠洋航海へ向けて出発することとなり、醍醐は中南部太平洋方面へ巡航する。1913年4月21日に帰着すると、同年5月1日からは戦艦敷島」へ乗り組んで勤務を続ける。その実績が評価され、同年12月1日には海軍少尉へ昇進する。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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