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芙蓉部隊 : ミニ英和和英辞書
芙蓉部隊[ふようぶたい]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

芙蓉 : [はす, ふよう]
 【名詞】 1. cotton rose 2. lotus
部隊 : [ぶたい]
 【名詞】 1. force 2. unit 3. corps 4. echelon 5. element 
: [たい]
 【名詞】 1. party 2. company 3. body (of troops) 4. corps

芙蓉部隊 : ウィキペディア日本語版
芙蓉部隊[ふようぶたい]

芙蓉部隊(ふようぶたい)とは太平洋戦争末期における、日本海軍第131航空隊所属の3個飛行隊(戦闘804飛行隊、戦闘812飛行隊、戦闘901飛行隊)の通称である。関東海軍航空隊の指揮下にあったが、実質的に131空所属の美濃部正少佐が指揮を取っていた。芙蓉部隊は戦闘機隊とはいえ、沖縄方面の敵飛行場・艦船に対する爆撃、機動部隊に対する索敵を主体とし、特攻が主体になっていた当時において、夜襲戦法を用いて活躍した。
== 特徴 ==
芙蓉部隊の作戦思想は「夜間戦闘機といえども対大型機局地邀撃に非ずして専ら侵攻企図を有せるものなり」であった。芙蓉部隊は夜間戦闘機(丙戦)における戦闘目的として「夜間特に黎明期銃爆撃に依り敵制空隊の漸減」を有し、基地航空部隊と機動部隊を目標にして訓練していたが、機動部隊に対して実施する機会は一度もなかった〔アジア歴史センター「芙蓉部隊天号作戦々史 自昭和20年2月1日至昭和20年8月末日 第3航空艦隊131航空隊芙蓉部隊」〕。
芙蓉部隊では夜間攻撃のために特別な訓練を行った。昼夜逆転生活を取り入れ、作戦の主体である夜間に身体をならすため「猫日課」と称して昼夜を逆転させた。午前0時に起床、1時に朝食、6時に昼食、11時に夕食、午後4時に夜食として、電灯使用を制限して夜目の強化を促した。夜間洋上航法訓練では、黎明-薄暮-夜間の順で定点着陸訓練から、太平洋へ出ての洋上航法通信訓練を行った。時間と燃料が十分にないため、指揮所に基地の立体模型を作って夜間の進入経路を覚えさせ、図上演習を繰り返し実施した。薄暮・夜間飛行訓練を行うときは可能な限り見学させ、「飛ばない飛行訓練」に努めて練度向上をはかった。座学も重視して、飛行作業の合間に講義が頻繁に行われた。特に雨天時は搭乗員を集めて集中的な講義を実施した。講義の内容は航法、通信、夜間の艦艇の見え方、攻撃方法などの戦術、飛行機の構造、機材等についてであった。芙蓉部隊が犠牲を伴いながらも攻撃を継続できたのは、藤枝基地という後方基地に置いて新人を訓練して、随時要員を交代させるというシステムを確立していたからであった〔航空自衛隊静浜基地 http://www.mod.go.jp/asdf/shizuhama/fuyo.html〕。パイロットの訓練は効率を第一にして実用的なことのみ徹底して教えたため、訓練時間を約1/3にまで短縮することに成功した。
芙蓉部隊の整備員、兵器員も零戦は90%、彗星は80%の出動可能態勢を維持していた〔航空自衛隊静浜基地 http://www.mod.go.jp/asdf/shizuhama/fuyo.html〕。
芙蓉部隊は、当時持て余されていた急降下爆撃機彗星一二型を集めて活用している。彗星一二型は、ダイムラー・ベンツ社製水冷エンジンDB601Aをライセンス生産した当時最新鋭のエンジンであったアツタ32型を採用していた。このエンジンは希少資源や最新工作機械設備が整わなかった日本においては生産・運用の面で手に余る代物であり、量産化の目処が立たず生産は遅れ、少数配備されても水冷エンジンに不慣れな整備員の経験不足もあって続出するエンジントラブルを解消できず、その稼働率は著しく低かった。このため、打開策として空冷型の金星62型エンジンに換装された彗星三三型が量産されると、稼働率が低く戦力にならなかった彗星一二型は第一線の艦上爆撃機部隊の運用から外されることとなった。ただし彗星一二型の基本性能は高く、高速での夜間飛行も難なくこなしたため、そこに目をつけた美濃部少佐はさっそく自らの部隊で運用を開始した。美濃部少佐は、扱いの難しい水冷型アツタ32型エンジン整備のため徳倉大尉以下の整備担当者を製造元の愛知航空機へ派遣するなど彗星の整備方法を習熟させ、稼動率を彗星80%、零戦90%にまで上昇させた。徳倉大尉らは、廃棄される予定だった彗星の残骸から部品を取り、新しく彗星を作ることもした。結果、満足に一定の機体を揃える事が出来ない日本の中では突出した存在になっていた。
武装でも対地・対空用の仮称三式一番二八号爆弾(ロケット弾)や、空中で爆発して爆風や破片で周囲に被害を与える三一号光電管爆弾など、特殊爆弾を積極的に採用した。三式一番二八号爆弾(ロケット弾)に至っては、制式採用前の時点で、「暴発の危険性がある」との造兵側の意見にも関わらず、「特攻まで出るこの時期、ある程度の危険は仕方ない」として部隊に導入している。
芙蓉部隊は、基本的に空戦は行わないために斜銃は使用せず、代わりに翼下に「三式一番二八号爆弾(ロケット弾)」4発を装備して基地、艦船への攻撃に使った。本来空戦用に作られたものだが、河原政則中尉によれば「爆弾は当てにくいが、これはよく当たった」という〔渡辺洋二『日本本土防空戦』徳間書店240頁〕。
部隊の名称には富士山の別名“芙蓉峰”からとった芙蓉隊(のちに芙蓉部隊)が用いられた。これは部隊の根拠地となった静岡県藤枝基地から富士山がよく見えたことにちなんで美濃部少佐自身が命名したものであるが、第三航空艦隊長官の寺岡謹平中将の揮毫による隊旗まで作られた。最初は愛称のようなものだったが、菊水作戦に加わる頃には夜間攻撃を主とする部隊として知られるようになっていた〔航空自衛隊静浜基地 http://www.mod.go.jp/asdf/shizuhama/fuyo.html〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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