翻訳と辞書
Words near each other
・ 美濃窯業
・ 美濃立花駅
・ 美濃紙
・ 美濃職人町
・ 美濃脇坂藩
・ 美濃菊
・ 美濃衆
・ 美濃赤坂支線
・ 美濃赤坂線
・ 美濃赤坂駅
美濃路
・ 美濃輪育久
・ 美濃郡
・ 美濃郡代
・ 美濃部ゆう
・ 美濃部亮吉
・ 美濃部又五郎
・ 美濃部家
・ 美濃部寛貴
・ 美濃部正


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

美濃路 : ミニ英和和英辞書
美濃路[みのじ]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [び]
  1. (n,n-suf) beauty 
: [のう]
  1. (pref) dark 2. thick
: [ろ]
 【名詞】 1. road 2. street 3. path

美濃路 : ウィキペディア日本語版
美濃路[みのじ]
美濃路(みのじ)は江戸時代に東海道宮宿中山道垂井宿とを結んだ脇往還である。
== 概要 ==
美濃路の原型は古代において東海道から尾張国の国府を経由して美濃国にあった東山道不破関に出る経路であったと考えられている。当時の正規の東海道は尾張国から伊勢湾を横断して伊勢国に渡ることになっていたが、東国から馬で奈良・京都に向かう場合に馬と一緒に伊勢湾を渡ることができず、近隣の住人に馬を預けてトラブルになることがあった(『日本書紀』大化2年3月甲申条)。このため、徒歩あるいは馬で西に向かう人はこのルートを用いたとみられている〔北村優季「長岡平城遷都の史的背景」(初出:『国立歴史民俗博物館研究報告』134集(2007年)/所収:北村『平城京成立史論』(吉川弘文館、2013年) ISBN 978-4-642-04610-7〕。
関ヶ原の戦いにおいては、東軍の先鋒である福島正則愛知県一宮市)から美濃へ進軍し、戦いに勝利した徳川家康が凱旋した道で、「吉例街道」とも呼ばれ、将軍上洛時にも使われた。朝鮮通信使、琉球王使、お茶壺道中などが、この美濃路を通行した。
東海道では、宮宿と桑名宿の間に七里の渡しが存在しており、江戸時代は水難事故も起こりやすい難所とされていたため、東西を移動するのに遠回りであっても海路を避けられる美濃路が好まれることがあった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「美濃路」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.