翻訳と辞書
Words near each other
・ 紀善峰
・ 紀国
・ 紀国守
・ 紀国造
・ 紀国造家
・ 紀在昌
・ 紀堅麻呂
・ 紀夏井
・ 紀多寛
・ 紀大人
紀大磐
・ 紀大音
・ 紀太后
・ 紀太藤一
・ 紀央館高校
・ 紀央館高等学校
・ 紀姓伊集院氏
・ 紀子
・ 紀子の食卓
・ 紀子妃


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

紀大磐 : ミニ英和和英辞書
紀大磐[き の おおいわ]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [いわ]
 【名詞】 1. rock 2. crag

紀大磐 : ウィキペディア日本語版
紀大磐[き の おおいわ]
紀 大磐(き の おおいわ、生没年不詳)は、古墳時代豪族紀小弓の子。紀小足の父。
465年5月、父が雄略天皇の命を受けての新羅との交戦中に、病死したと聞いて、百済に向かうが、横暴な振る舞いによって小弓の後に大将として権力を握っていた小鹿火宿禰を怒らせてしまう。小鹿火は、蘇我韓子を唆し、彼を暗殺しようとしたが、韓子は返り討ちにされ、小鹿火も、帰還の際、角国(今の山口県)に留まってしまうことになる。このとき大磐も一時帰国していたが、再び朝鮮に渡り、朝鮮南部の王となろうとし自ら神聖(かみ)を名乗った。任那左魯那奇他甲背たちが計略を担当し高句麗と結んで百済人を殺害し、帯山に城を築いた上で道や港を塞ぐ妨害を行った。それに激怒した百済王に将軍の古爾解らが率いる兵を城に差し向けられ、激しい戦いの末に左魯・那奇他甲背をはじめ300人近くが死亡した。大磐は487年に倭国に帰国した。



抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「紀大磐」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.