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秋本治 : ミニ英和和英辞書
秋本治[あきもと おさむ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [あき]
  1. (n-adv) autumn 2. fall 
: [ほん, もと]
  1. (n,n-suf,n-t) (1) origin 2. basis 3. foundation 

秋本治 : ウィキペディア日本語版
秋本治[あきもと おさむ]

秋本 治(あきもと おさむ、1952年12月11日〔まんがseek・日外アソシエーツ共著『漫画家人名事典』日外アソシエーツ、2003年2月25日初版発行、ISBN 4-8169-1760-8、12頁〕 - )は、日本漫画家東京都葛飾区亀有出身〔。本郷高校デザイン科卒業〔。代表作は『こちら葛飾区亀有公園前派出所』。旧ペンネームは「山止 たつひこ」(やまどめ たつひこ)〔。有限会社アトリエびーだまの社長でもある。
== 来歴 ==
9歳の時に父親と死別して以降、母親の手だけで育てられる〔『情熱大陸』2009年2月22日放送〕。小学校3年生頃より、漫画らしきものを描き始め、5年生の時に漫画家に憧れるようになり、ペンを買い、久松文雄の『スーパージェッター』に似たものを描く〔『カメダス』584p〕。中学校に入り、母親に買ってもらった石森章太郎の『マンガ家入門』を擦り切れるまで読み、ペンの種類や描き方などを知る〔『週刊少年ジャンプ特別編集 こちら葛飾区亀有公園前派出所 2002年夏の増刊』秋本治先生突撃スペシャルインタビュー!〕。この頃書きためた作品をまとめた個人誌「星」を製作する〔『カメダス』585p〕。高校のデザイン科に入学し、学友とともに「マンガ劇画同好会」を立ち上げるとともに同人サークル「CCマニア」に参加し、同人誌『でんでんむし』に作品を投稿していた。この頃の画風は周囲からの影響で劇画タッチだった〔『カメダス』586p〕。
高校卒業後、アニメーターを志し、旧虫プロダクションのアニメーター採用試験を受けるも不合格であった。しかし、旧虫プロダクションの紹介でタツノコプロに入社。同社作品『カバトット』『かいけつタマゴン』『科学忍者隊ガッチャマン〔『D.Gray-man illustrations 星野桂』 星野桂X秋本治対談より〕』などで2年間動画などを務めた〔『このマンガがすごい! 2006・オトコ版』 秋本治インタビューより〕後、退社。理由は仕事が忙しくて、病気で入院していた母の看病が週1度の頻度しか出来なくなったことにある〔。退社後は「CCマニア」解散後に残った仲間と「漫画創作倶楽部」を結成し〔、母の看病をしながら、しばらく投稿漫画家生活を送る。
母の死をきっかけに、1976年昭和51年)、『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(以下『こち亀』)を新人賞に応募する〔。月例ヤングジャンプ賞入選作品(4月期)に選ばれ、山上たつひこの名前をもじった「山止たつひこ」名義で、『週刊少年ジャンプ』26号(6月22日発売)に読切として掲載される。賞へ応募した際のペンネームは、さらに石ノ森章太郎のもじりも加えた「岩森章太郎改め山止たつひこ」(岩森章太郎での活動はない)であった。長いタイトルとペンネームは自分の投稿が編集者の目に止まるようにという理由からであった。
『週刊少年ジャンプ』1976年42号(9月21日発売)より『こち亀』の連載を開始。編集部からは「この漫画ではこの名前で、終わったら本名にしてもいいよ」と言われており、本人も短期で連載終了するとばかり思っていたものの、予想以上に人気が出て連載が続き、さらには「本家」の山上たつひこからクレームが出た〔「さらばわが青春の『少年ジャンプ』」(飛鳥新社)p.272〕こともあり、100話目を機に現在のペンネーム(本名)に改めることになった。それまで山止名義で刊行されていた単行本第1巻 - 第6巻は増刷の際に秋本治に改められた〔ただし、初期の単行本に収録されたオマケ漫画や自身をモデルとしたキャラを登場させた話では、現在も「山止たつひこ」と書かれている。〕。秋本は後年に「山上たつひこ先生に本当に申し訳ないことをした」「若気の至りとはこのためにあるような言葉です」「なんて大それたことをしたんだ!と思う」など反省の弁を述べている〔『超こち亀』306-317p〕。
『こち亀』は1977年(昭和52年)12月24日せんだみつお主演で映画化され、1985年(昭和60年)のジャンプフェスティバル向け短編アニメを経て、1996年から2004年までフジテレビ系列でテレビアニメ化された(前者と後者とではスタッフ・キャスト共に異なる)。また過去4回(1999年2001年2003年2006年)、舞台化もされている。
2000年平成12年)の誕生日以降、『こち亀』の連載期間が秋本の人生の半分以上を占めるようになった。
『こち亀』で、2001年に第30回日本漫画家協会賞大賞を、2005年には第50回小学館漫画賞審査委員特別賞を受賞。
2005年(平成17年)8月6日、『こち亀』の発行部数1億3000万部突破し、東京・浅草神社に石碑が建立された。
2006年(平成18年)、『こち亀』が連載30周年・150巻発売・1450話記念となる。2月11日、主人公両津勘吉の銅像が2体完成し、亀有駅の北口と南口に1体ずつ設置され、秋本とラサール石井が出席して除幕式が行われた。また、『あっぱれ!!さんま大教授』(フジテレビ)、『マンガノゲンバ』(NHK)など多数のテレビ番組に出演。『あっぱれ』では、アニメで両津勘吉を演じたラサール石井との共演を果たした。
2008年(平成20年)11月8日、亀有銀座商店会ゆうろーど、中央ポケットパーク内に「少年両さん像」が設置され、秋本、ラサール石井の他、当時内閣総理大臣であった麻生太郎も参加し除幕式が行われた。
2009年(平成21年)2月22日ドキュメンタリー番組『情熱大陸』(毎日放送)で人物像などが紹介された。
同年7月28日、『バラエティーニュース キミハ・ブレイク』(TBSテレビ)に出演し、テレビドラマ版『こち亀』の両津役・香取慎吾ら出演者達と対談。9月26日にはドラマ最終回冒頭に生出演した。
2010年(平成22年)11月26日には、東京都青少年の健全な育成に関する条例に反対する記者会見に出席している。
2011年(平成23年)8月1日放送の『SMAP×SMAP』(関西テレビフジテレビ)のコーナー『BISTRO SMAP』に、同年8月6日から公開される香取主演の映画『こちら葛飾区亀有公園前派出所 THE MOVIE〜勝どき橋を封鎖せよ!〜』の宣伝を兼ねてサプライズゲストとして出演。ゲストチーム(香里奈深田恭子他)とSMAPチームによる似顔絵対決の審査員を務めた。
2012年10月1日、葛飾区制施行80周年を記念し初の名誉区民に顕彰される。
山田洋次監督らとの同時受賞であり、「連載が始まった際、同じ葛飾区の『寅さん』に追いつくよう頑張ろうと担当者と誓ったので同時受賞はうれしい。」とコメントしている〔『こちら葛飾区亀有公園前派出所』183巻表紙の作者コメント〕。
『こち亀』の長期連載の間にも、多くの短編・読み切り作品を発表している。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「秋本治」の詳細全文を読む




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