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石那坂の戦い : ミニ英和和英辞書
石那坂の戦い[いしなざかのたたかい]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [こく, いし]
 【名詞】 1. volume measure (approx. 180l, 5 bushels, 10 cub. ft.) 
: [さか]
 【名詞】 1. slope 2. hill 
: [いくさ]
 【名詞】 1. war 2. battle 3. campaign 4. fight 
戦い : [たたかい]
 【名詞】 1. battle 2. fight 3. struggle 4. conflict 

石那坂の戦い : ウィキペディア日本語版
石那坂の戦い[いしなざかのたたかい]

石那坂の戦い(いしなざかのたたかい)は、奥州合戦の際に行われた合戦の一つ。
== 概要 ==
文治5年(1189年)7月、鎌倉の源頼朝は、謀反人源義経をかくまったとの理由で藤原泰衡を討つため、奥州平泉に向けて出陣した。頼朝軍は3手にわかれ、千葉常胤らが常陸国から浜街道(福島県浜通り)沿いを、比企能員らが越後国から出羽国の日本海沿いを、そして頼朝本隊は宇都宮から白河関をとおる奥州街道を進撃する。『吾妻鏡』によれば7月29日に頼朝本隊は白河関を越え、8月7日に国見宿(福島県国見町)に布陣し、阿津賀志山に陣取る藤原国衡と対した。その前後に(『吾妻鏡』では8月8日条)、泰衡の郎従・信夫佐藤庄司(佐藤基治)が石那坂の上に陣を構えており、伊達郡沢原から侵攻した鎌倉方の常陸入道念西伊達朝宗に比定されている)の子息4人(為宗為重・資綱・為家)によって討ち取られ、首を阿津賀志山経岡に晒されたという(後に許されて所領へ戻ったという記述もある。後記文章を参照)。この佐藤庄司と常陸入道念西らの戦いを石那坂の戦いと称する。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「石那坂の戦い」の詳細全文を読む




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