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株式の持ち合い : ミニ英和和英辞書
株式の持ち合い[かぶしき]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [かぶ]
 【名詞】 1. share 2. stock 3. stump (of tree) 
株式 : [かぶしき]
 【名詞】 1. stock (company) 
: [しき]
  1. (n,n-suf) (1) equation 2. formula 3. expression 4. (2) ceremony 5. (3) style 
持ち : [もち]
  1. (n,n-suf) (1) hold 2. charge 3. keep possession 4. in charge 5. (2) wear 6. durability 7. life 8. draw 9. (3) usage (suff) 
持ち合い : [もちあい]
 【名詞】 1. (1) unity 2. even matching 3. interdependence 4. (2) steadiness (of market price) 
: [ごう]
 【名詞】 1. go (approx. 0.18l or 0.33m) 
合い : [あい]
  1. (n,pref) joint 2. associate 3. accomplice

株式の持ち合い ( リダイレクト:株式持ち合い ) : ウィキペディア日本語版
株式持ち合い[かぶしきもちあい]

株式持ち合い(かぶしきもちあい)とは、複数の株式会社が、お互いに相手方の発行済株式を保有する状態を指す。相互保有されている株式を相互保有株式という。日本銀行金融研究所は、「上場企業(信託銀行を除く)の2社が相互に株式を保有している状態〔日本銀行金融研究所発行"株式持ち合いの変化と市場流動性"p.3〕」と定義している。
この状態は、日本特有のものとされるが、似た構造は、ドイツでも存在した〔丸山夏彦著、株式持合解消で強くなる企業と弱くなる企業、研修社、2000.3、p.69〕。この項目では、特筆しないかぎり日本国内のケース〔子会社による親会社株式取得など〕について述べる。
== 持ち合う目的 ==
持ち合いも含めた安定株式比率は、1973年度末の法人持株比率が66.9%にも達した〔草野厚 『山一証券破綻と危機管理』 朝日新聞社 1998年 P 265-266〕ころがピークである。ここへ至るまでのブームについて、指摘の仕方が分かれている〔まずは三宅一弘の報告によるもの。戦後復興から1960年あたりを「第一次持ち合いブーム」、1965年の証券不況から石油ショックまでを「第二次持ち合いブーム」として、第一次石油ショック前までには、日本の企業集団(企業グループ)が安定株式比率の上昇と歩調を合わせるように、ほぼ出来上がったとする。 みずほ証券エクイティ調査部チーフストラテジスト奥村宏著、"株式相互持合いをどうするか"、岩波書店、2001年06月、第2章"株式持ち合いの歴史的形成要因と今後における問題点" ISBN 4-00-009234-0
:三宅一弘は続けて、1990年以降のバブル清算に加えて、日本型企業システムの再構成が迫られている一環として、株式持ち合いの解消や安定株式比率の低下が生じているものの高度経済成長期に持ち合いが行われ安定株式比率が高まっていたことは、当時の日本経済、資本市場、金融市場、個人資本貯蓄の状況を考えれば経済合理性があったと主張している。
一方、丸山夏彦は次のように考える。第一次ブームは、1940年後半~1950年代のGHQによって、財閥各社の株式が大量に分散した事を起因とする敵対的買収からの防衛策が行われたこと。第二次ブームは、1960年後半~1970年代のIMF8条国、GATT11条国への移行。そしてOECDへの加盟に伴う「貿易外経常取引および資本移動の自由化」の義務を負う事となり"第二の黒船襲来"と外資からの買収に対する危機感が強まったこととしている。 丸山夏彦著、"株式持合解消で強くなる企業と弱くなる企業"、研修社、BSIエディケーション、2000年3月、ISBN 4-7657-3954-6
:第一次ブームの詳細として、三井財閥を例にとり三井銀行や三井物産など直系会社の場合、三井合名での持株比率は100%、少ない場合でも30%は超えていたとするが、大量分散後の1949年には、個人による株式保有率は、全株式総数の69%を占めるに至った結果として、株主無責任の問題が浮上し敵対的買収が容易な状況であったと述べている。 岡崎哲二 持株会社の歴史:財閥と企業統治、筑摩書房、1999.6、p.33
::敵対的買収が容易であった実例として、1952年に起きた旧三菱本社の不動産を引き継いだ陽和不動産の株式がグリーンメーラー相場師として知られた藤綱久二郎に35%買い占められた事件を紹介している。 有沢広巳監修、安藤良雄ほか編、昭和経済史. 中、P.149
:第二次ブームの詳細としては、寺沢芳男著、"英語オンチが国を亡ぼす"、東洋経済新報社、1997.3の106頁を引用して、外資系からの買収不安を煽った株主安定工作があったことを指摘した上で、一次二次どちらも買収に対する危機感があったと述べている。〕。持ち合い目的は次の3つとされている〔奥村宏著、"株式相互持合いをどうするか"、岩波書店、2001年06月、第2章〕。
# 高度経済成長を続けた日本では、企業の設備需要から慢性的な資金不足が生じているものの終戦後のハイパーインフレかつ未熟な資本市場という背景があり、企業側の安定資金の大量調達の需要と銀行側の成長企業を見つけ業容を拡大させたいという需要が合致した結果、メインバンク相互の担保として。
# 原材料会社や部品会社、加工会社、販売会社のような間で長期にわたる取引を行う担保として、また総合商社と関係を深め輸出や海外事業の活動を行うため。
# 日本が1964年にOECDに加盟したことで貿易自由化資本自由化が求められていたが、証券不況につけこんだ外資による乗っ取りを危険視する声が財界で高まっていた。つまり、財閥系や大手銀行系を中心に企業が結束するため。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「株式持ち合い」の詳細全文を読む

英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Cross ownership 」があります。




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