翻訳と辞書
Words near each other
・ 川本和久
・ 川本和代
・ 川本和宏
・ 川本喜八郎
・ 川本喜八郎人形美術館
・ 川本嘉子
・ 川本大輔
・ 川本宇之介
・ 川本宗孝
・ 川本幸民
川本幸生
・ 川本彩
・ 川本征平
・ 川本徳三
・ 川本成
・ 川本敏美
・ 川本明
・ 川本春日丘工業団地
・ 川本晶子
・ 川本智徳


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

川本幸生 : ミニ英和和英辞書
川本幸生[かわもと ゆきお]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [かわ]
 【名詞】 1. river 2. stream 
: [ほん, もと]
  1. (n,n-suf,n-t) (1) origin 2. basis 3. foundation 
: [さち]
 【名詞】 1. happiness 2. wish 3. fortune 
: [せい, なま]
  1. (adj-na,n,adj-no) (1) draft (beer) 2. draught 3. (2) raw 4. unprocessed 

川本幸生 : ウィキペディア日本語版
川本幸生[かわもと ゆきお]

川本 幸生(かわもと ゆきお、1957年3月25日 - 2010年5月11日)は、日本の野球選手アマチュア野球指導者。元広島県立広島商業高等学校総監督。
== 経歴 ==
広島県広島市中区生まれ。広島市立国泰寺中学校卒業後、広島商業高校に入学。
広島商業高校2年の1973年昭和48年)、夏の第55回全国高等学校野球選手権大会二塁手として出場。当時のメンバーには達川光男佃正樹金光興二楠原基らがいる。第45回選抜高等学校野球大会の準決勝では江川卓をエースとする作新学院を破り決勝に進出、横浜高校に破れるも、夏の選手権では静岡高を下し優勝に貢献。
広島商卒業後、広島修道大学を経て、1982年(昭和57年)、社会人野球のリッカーに入社、内野手として3年間プレーした。
1985年(昭和60年)8月、母校の広島商の監督に就任。1989年平成元年)の退任まで春・夏合わせて3回甲子園出場。うち1988年(昭和63年)夏大会で優勝を果たした。
監督退任後は、NHK高校野球解説者や、地元のタイル販売・施工会社の副社長などを務めた。
2006年(平成18年)には、広島商に監督として復帰するも、体調を崩し10ヶ月で退任し総監督に退いた。2009年(平成21年)春にはNHKの選抜高校野球で解説。3月29日の第3試合「習志野利府」戦のラジオ中継での解説が最後となった〔通常はラジオ第1で放送されるが、大相撲春場所千秋楽中継のためFMでの放送となった。〕。
2010年(平成22年)5月11日、大腸がんのため広島市の病院死去

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「川本幸生」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.