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宮下トモヤ : ミニ英和和英辞書
宮下トモヤ[みやした ともや]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [した, もと]
 (adv) under (esp. influence or guidance)

宮下トモヤ : ウィキペディア日本語版
宮下トモヤ[みやした ともや]

宮下 トモヤ(みやした ともや、1981年7月20日 - 2011年12月31日)は、日本男性総合格闘家。本名は宮下 智也。パワーオブドリーム所属。
自ら「日本一巧い」と公言するフロントチョークを得意技としていた〔DREAM 選手データ 〕〔365人インタビュー 格闘技ウェブマガジンGBR 2009年12月7日〕。
== 来歴 ==
北海道苫小牧市出身。学生時代は柔道部に在籍し、卒業後にバトラーツB-CLUBに入門した〔。
2002年7月23日、プロデビュー戦となったKushima's Fight 2で古島央と対戦し、3-0の判定勝ちを収めた。当時は本名である宮下智也をリングネームにしていた。
2002年10月29日、初参戦となったパンクラス(パンクラスゲート)で平山英明と対戦し、時間切れドロー。
2002年12月8日、DEEP初参戦となったDEEP2001 7th IMPACTの第1回フューチャーキングトーナメント69kg以下級1回戦で会田雅芳と対戦し、TKO負けを喫した〔[DEEP2001] 12.8 ディファ:手負いの長南、修斗王者・須田と接戦 BoutReview 2002年12月10日〕。
2004年5月2日、パンクラス・ネオブラッド・トーナメント ライト級(-69kg)予選1回戦で桜沢正己に3-0の判定勝ちするも、負傷により山田崇太郎との決勝を棄権した〔PANCRASE 2004 BRAVE TOUR パンクラス公式サイト〕。
2004年9月24日、リングネームを宮下トモヤに改めパンクラスゲート・ライト級プロフェッショナル昇格トーナメントに出場。1回戦で笹原トメヤフィリョと対戦し、アームロックで一本勝ち。11月26日、準決勝で広瀬和哉と対戦し、フロントチョークで一本勝ち。12月21日、決勝で松本光央と対戦し、0-3の判定負けで準優勝となった。
2006年10月10日、DEEP 26 IMPACTのフューチャーファイトで小見川和隆と対戦し、フロントチョークで一本勝ちを収めた〔[DEEP] 10.10 後楽園:“蹴り上げ十段”今成、山崎をKO BoutReview 2006年10月10日〕。この試合がフリーランスとしての初戦となった。
2006年12月9日、DEEPフューチャーキングトーナメント2006・65kg以下級に出場。1回戦から準決勝までの3試合をすべて一本勝ちで決勝進出を決めた。12月20日、DEEP 27 IMPACTで行なわれた決勝で北田俊亮と対戦し、1-2の判定負けで準優勝となった〔【DEEP】激闘を制した横田が帯谷の挑戦権掴む! 桜井も長南との再戦をアピール 格闘技ウェブマガジンGBR 2006年12月20日〕。
2007年2月16日、DEEP 28 IMPACTのフューチャーファイトで高橋基希と対戦し、時間切れドローとなった〔[DEEP] 2.16 後楽園:長南防衛。帯谷・中尾・久江敗れる BoutReview 2007年2月16日〕。この試合からパワーオブドリーム所属となった。
2008年8月30日、キックボクシング初挑戦となったR.I.S.E. 49で板橋寛と対戦し、3RKO負けを喫した〔【ライズ】新人王杯で山口元気率いるクロスポイントが二階級制覇、小宮山も優勝 格闘技ウェブマガジンGBR 2008年8月30日〕。
2008年11月8日、CAGE FORCE初参戦となったCAGE FORCE EX -eastern bound-大沢ケンジと対戦し、0-3の判定負けを喫した〔【ケージフォース】K太郎、まさかのTKO負け!門馬秀貴は大興奮の逆転勝利 格闘技ウェブマガジンGBR 2008年11月8日〕。
2009年6月30日、DEEP 42 IMPACTで岡元飛竜と対戦し、フロントチョークで一本勝ち。試合後のリング上で「(DEEPで)5連勝しました。次は有名な選手とやらせてください」とマイクアピールした〔【DEEP】デッドヒートの接戦相次ぐ!福田力が新王座に就く、宮田和幸は辛勝 格闘技ウェブマガジンGBR 2009年6月30日〕。
2009年8月14日、Krush初参戦となったKrushライト級グランプリ2009のリザーブファイトで青津潤平と対戦し、0-3の判定負けを喫した〔【Krush】ライト級GP 石川がハイキックで2連続KO!元気が前田を撃破し準決勝進出 格闘技ウェブマガジンGBR 2009年8月14日〕。
2009年10月25日、DREAM初参戦となったDREAM.12ZSTバンタム級(-60kg)王者藤原敬典と対戦し、3-0の判定勝ちを収めた〔【DREAM】金網で壮絶決着が連発!桜庭が大逆転勝利、柴田はプロレスラー対決を制す 格闘技ウェブマガジンGBR 2009年10月25日〕。
2009年12月19日、DEEP初のケージ大会となったDEEP CAGE IMPACT 2009山本篤と対戦し、0-3の判定負けを喫した〔【DEEP】今成正和が珍しい複合関節技で一本勝ち!川口はグアムからの刺客を降す 格闘技ウェブマガジンGBR 2009年12月19日〕。
2010年4月17日、DEEP 47 IMPACTでダレン・ウエノヤマと対戦し、フロントチョークで一本勝ちを収めた〔【DEEP】中西良行が初代ライトヘビー級王座&DREAM出場権を獲得、MIKU涙の引退式 格闘技ウェブマガジンGBR 2010年4月17日〕。
2010年8月27日、DEEP 49 IMPACTでDEEPバンタム級王者今成正和に挑戦し、0-5の判定負けを喫し王座獲得に失敗した〔【DEEP】今成正和が完封防衛!福田力は死闘の末、桜井隆多にTKO勝ちで初防衛に成功 格闘技ウェブマガジンGBR 2010年8月27日〕。
2010年11月、縦隔腫瘍(性腺外胚細胞腫瘍 非セミノーマ)が見つかり、治療のため入院した〔実は病んでますねんて 宮下トモヤ日記 2010年11月15日〕。
腫瘍摘出の手術は成功したものの、2011年5月には急性巨核芽球性白血病も発覚し、同年12月31日午後6時10分に亡くなった〔宮下トモヤさん死去 白血病で闘病中 30歳の若さ スポニチアネックス 2012年1月1日閲覧〕。。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「宮下トモヤ」の詳細全文を読む




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