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フレンチマンズクリークの戦い : ミニ英和和英辞書
フレンチマンズクリークの戦い[ふれんちまんずくりーくのたたかい]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

クリーク : [くりーく]
 【名詞】 1. (1) cleek (golf) 2. (2) creek 3. (P), (n) (1) cleek (golf)/(2) creek
: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
: [いくさ]
 【名詞】 1. war 2. battle 3. campaign 4. fight 
戦い : [たたかい]
 【名詞】 1. battle 2. fight 3. struggle 4. conflict 

フレンチマンズクリークの戦い : ウィキペディア日本語版
フレンチマンズクリークの戦い[ふれんちまんずくりーくのたたかい]


フレンチマンズクリークの戦い()は、米英戦争初年の1812年11月28日早朝、ナイアガラ川に近い英領植民地アッパー・カナダで、イギリス軍アメリカ軍の間に起きた戦闘である。この戦闘はアメリカ軍の大規模侵略のために地盤を確保するための襲撃と考えられた。アメリカ軍はナイアガラ川を渡り、その攻撃点2か所で上陸した。2つあった目的のうち1つだけを達成して引き揚げたが、侵略そのものは中止され、成果を生かすことができなかった。この戦闘は、最も激しい交戦が行われた場所から、カナダ人がフレンチマンズクリークの戦いと名付けた〔Zaslow, p. 229.〕。当時のアメリカ人はブラックロック対岸の事件と呼んだ〔。
戦場跡は1921年にカナダ国定歴史史跡に指定された。
== 背景 ==
クィーンストン・ハイツの戦い(1812年10月13日)でアメリカ軍が敗れた後、ナイアガラ前線のアメリカ軍中央軍指揮権は〔Quimby, p. 78.〕、ニューヨーク州民兵隊のスティーブン・ヴァン・レンセリア少将から、その副指令だった正規軍アレクサンダー・スミス准将に渡された。スミスは民兵隊の士官に従属していたことで大いに不満を持っていたので〔Zaslow, p.26.〕、これは待ちに待った機会だった。即座に3,000名の部隊でカナダ侵略の作戦を立てた。ニューヨーク州バッファローで部隊を集め、本体の侵略前に2方向からの攻撃を指示した。ウィリアム・キング大尉に220名を付け、ナイアガラ川を渡り、エリー砦傍にあるレッドハウスの砲台を使えなくし、スミスの本体が大砲の砲火に直面することなしに上陸できるようにすることとした。これと同時にチャールズ・ボーアストラー中佐に200名を付け、エリー砦とチッパワの間でカナダに上陸し、フレンチマンズクリークの橋を破壊して、スミス軍の上陸に対してイギリス軍の援軍が来られないようにすることとした〔Quimby, p. 76, for Smyth’s plan. Quimby wrongly gives Captain King’s first name as ‘Samson’. King’s real first name is in his report to General Smyth, given in Cruikshank, p. 245.〕。
イギリス軍北アメリカ総司令官ジョージ・プレボスト中将は、ナイアガラ前線では如何なる攻勢も禁じていた。このことで地元のイギリス軍は、アメリカ軍の初動を待ち、侵略の試みに反撃する以外の代案を持たない状態だった。正規兵は防御のための前進基地に分散され、これを民兵とインディアンの部隊で補強していた〔Malcomson, p. 47.〕。
スミスは11月10日に出版した「ニューヨークの人々に」と題する宣言にけばけばしい言葉を使い、「数日の内に私の指揮する部隊がカナダにアメリカの標準を植え付けることになる」と記しており、ニューヨーク人には「貴方達の武器を収めてこの興味ある戦闘を眺めている」のではなく、「進んで、我々の助けとなること。私は貴方達を数日間待っている」と書いていた〔Cruikshank, pp. 193-194〕。スミスの目論見書は国境を越えた敵側から何の注意も引かないようだった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「フレンチマンズクリークの戦い」の詳細全文を読む




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