翻訳と辞書
Words near each other
・ フェラーリ・F2005
・ フェラーリ・F2007
・ フェラーリ・F2008
・ フェラーリ・F2012
・ フェラーリ・F300
・ フェラーリ・F310
・ フェラーリ・F310B
・ フェラーリ・F355
・ フェラーリ・F360モデナ
・ フェラーリ・F399
フェラーリ・F40
・ フェラーリ・F40 Competizione
・ フェラーリ・F40Competizione
・ フェラーリ・F430
・ フェラーリ・F50
・ フェラーリ・F50GT
・ フェラーリ・F512M
・ フェラーリ・F60
・ フェラーリ・F92A
・ フェラーリ・F93A


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

フェラーリ・F40 : ミニ英和和英辞書
フェラーリ・F40[えふふぉーてぃー]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

フェラーリ : [ふぇらーり]
 【名詞】 1. Ferrari 2. (n) Ferrari
: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
F : [えふ]
 ファロー四徴(症)

フェラーリ・F40 : ウィキペディア日本語版
フェラーリ・F40[えふふぉーてぃー]

F40(エフフォーティー、伊:''effequaranta'' /エッフェクアランタ)は、1987年フェラーリが創業40周年を記念して製作したリアミッドシップ・後輪駆動の2シータースポーツカーである。公称最高速度は324km/hであり、発売当時は世界最速の市販車であった。
== 概要 ==

F40は、フェラーリの創始者であるエンツォ・フェラーリがその生涯の最後に、同社の「そのままレースに出られる市販車」という車作りの基本理念を具現化した、歴代フェラーリ生産車の中でも根強い人気を誇る車種である。ボディデザインはピニンファリーナによるもの。開発時のコードネームはル・マン24時間レースを意味する「LM」。
1987年7月21日にマラネロで開かれたこの車の発表会は当時89歳になるエンツォ・フェラーリ自身が出席し、発表を行うという特別なものだった〔CG選集「フェラーリ」301頁〕。
車体の基本構成こそ1960年代のフェラーリ製レーシングカー、あるいは従来の市販フェラーリと同様の楕円鋼管 チューブラーフレームによるスペースフレーム方式ではあったが、当時開発されたばかりの複合素材や構造部接着剤といった最新のマテリアルを組み合わせた半モノコック構造とし、高い剛性を得ている。室内はこの素材がむきだしで、内装などはない。ボディ外装やカウルも全て複合素材製。ドアの室内側にはドアノブも無く、代わりのワイヤーを引いてドアを開ける。サイドウィンドウは手動で上下するガラス製のタイプとウィンドウ自体はプラスチック製の固定でスライド式の小窓を備える軽量タイプの2種が選べ、軽量タイプではドアの内張りがいっそう簡素なものになった。シートも複合素材製のバケットタイプでリクライニングなどの調整はできず、3種類のサイズから選択できた〔月刊『カーグラフィック1987年10月号』60頁。〕。シートベルトも標準は3点式だが4点式もオプションで用意され、雰囲気はレーシングカーそのものだった。また、ステアリングやブレーキにはパワーアシストなどがない上に、大パワー車ゆえのクラッチペダルの重さが話題になることが多かった〔月刊『カーグラフィック1988年9月号』90頁。〕。始動時には暖気が充分でないと、ギアが入らないという。燃料漏れやオイル漏れにも注意が必要で、実際にそれが原因と思われる火災で失われた車両もある。なお、エアコンは標準で装備されている〔ネコ・パブリッシング『スーパーフェラーリ』p.117。〕。
フェラーリ・スペチアーレとしては製造期間が長く、改良が順次行われた。そのため前期型・後期型と区別されることもある。吸排気系が異なるほか、後期型では車高調整機能が備わる〔ネコ・パブリッシング『ROSSO 1999年11月号』〕。
パワートレインはかつてグループB規定で争われていたWRCおよびレース参戦を目論んで発売されたコンペティションベースモデルの288GTO、およびその改良版「288GTOエヴォルツィオーネ」から引継ぎ、改良を加えたインタークーラー式ツインターボエンジン、F120A型を搭載している。このエンジンはランチアグループCカーランチア・LC2のデチューン版であり、ターボチャージャーは日本の石川島播磨重工(現IHI)製である。排気量2,936ccは当時のFIAが定めたターボ係数1.7を掛けて5,000cc以下のクラスに収まるようにしたものと言われるが、具体的なターゲットとなったレースやカテゴリーは不明である〔ネコ・パブリッシング『ROSSO 1999年11月号』〕。
タイヤはピレリがF40のために開発した「P Zero」が標準だが、ブリヂストンの「POTENZA RE71」も装着された〔月刊『カーグラフィック1989年6月号』93頁。〕。
ボディカラーは公式には赤のみだが、黄色の個体も存在する。
このクルマが持つ出力特性はいわゆるドッカン・ターボであり、パワーバンドに入ると同時に急激に立ち上がる強大なパワーには多くの腕に自信があるドライバー達をも悩ませた。なお、公称最高速度が200mph(約320km/h)を初めて超えた市販車である。左ハンドル仕様のみの設計であり、右ハンドル仕様車は生産されなかった。
フェラーリ伝統の丸型リアランプ(後部方向指示器・後退灯・尾灯兼制動灯)は、フェラーリ・308などと共通であり、後退灯を除きバルブが片側2つずつ使用されている。後部霧灯はリアバンパーに内蔵されるが、アメリカ仕様車では非装備。
当時フェラーリのF1チームに在籍していたゲルハルト・ベルガーが車両開発に参加している。当時現役のF1ドライバーに、「雨の日には絶対に乗りたくない」「雨の日にはガレージから出すな」と言わせたという逸話が残っている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「フェラーリ・F40」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.