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セリーヌ・ディオン : ミニ英和和英辞書
セリーヌ・ディオン[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

セリーヌ・ディオン : ウィキペディア日本語版
セリーヌ・ディオン[ちょうおん]

セリーヌ・マリー・クローデット・ディオン(、1968年3月30日 - )は、カナダ人女性歌手である。身長170cm。ケベック州シャルルマーニュモントリオール郊外)のフランス系カナダ人の大家族に生まれ、マネージャーで後の夫ともなるレネ・アンジェリルが自宅を抵当に資金調達を行う等の尽力をしてデビューし、その後フランス語圏における若年層のスターとして存在感を増していった。1990年に初の英語アルバム『ユニゾン』を発売し、北米だけでなく世界各国の英語圏でポップアーティストとしての地位を確立させている。
それ以前にもディオンは、1982年の第13回ヤマハ世界歌謡祭や1988年のユーロビジョン・ソング・コンテストにスイス代表として出場しており、1980年代には国際的な認知を得始めていた。1980年代初頭に多くリリースしたフランス語アルバムに続き、1986年にはCBSレコードカナダと契約している。1990年代にはアンジェリルのマネージメントのもと、エピック・レコードとの契約、英語アルバムやそれまでと同様にフランス語アルバムのリリースを経て世界的な名声を獲得し、ポップミュージックの歴史上最も成功したアーティストの一人となっている。しかし人気絶頂であった1999年、自身の出産やガンを患っていた夫との時間を大切にしたいとの理由から芸能活動の休止を発表した〔〔Celine Dion. "Interview with Celine Dion." Peter Nansbridge. ''The National.'' With Alison Smith. ''CBC-TV''. 28 March 2002. Transcript.〕。2002年には活動を再開し、ネバダ州パラダイスラスベガス都市圏の一部)のシーザーズ・パレスコロシアムにおいて専用の劇場ショーを契約し、毎晩の公演を3年間(後に約5年間に延長)にわたって継続している〔"Celine Dion Releases 1st CD Since 1997 ". (15 April 2002). ''Digital Journal'' Retrieved (12 October 2009)〕。
ディオンの音楽は、ロックやR&Bからゴスペルクラシックに至るまでの様々なジャンルに影響を受けてきた。歌の言語については、過去にスペイン語イタリア語ドイツ語ラテン語日本語中国語で歌ったことがあるが、それ以外はもっぱらフランス語英語を日常的に使用する。彼女が曲を発売する度、その圧倒的な声量と技術的に卓越した歌唱力が主に評価される対象となっている〔 〕。『FALLING INTO YOU』で最優秀アルバム賞、「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン(タイタニック愛のテーマ)」で最優秀レコード賞など計5回のグラミー賞を受賞している。ニールセン・サウンドスキャンの集計でディオンは全米で2番目に売れた女性アーティストであり、『FALLING INTO YOU』と『レッツ・トーク・アバウト・ラヴ』はいずれもアメリカ国内でダイアモンドに認定されているほか、イギリスでは売り上げが100万枚を超えるシングルが2枚ある唯一の女性アーティストでもある。また、1995年のアルバム『フレンチ・アルバム』は、フランス語アルバムとしては史上最多売上枚数を記録した〔"The real Céline: Céline Dion’s new French album shows her personal side " 29 May 2007. ''CBC''. Retrieved 12 October 2009.〕。全世界におけるアルバム売上枚数1億7500万枚を上回った直後の2004年、ディオンは最多売上枚数の女性アーティストを決めるワールド・ミュージック・アワードでショパールダイヤモンド賞を受賞している〔Celine Dion honoured by World Music Awards ''Canada.com'' Retrieved 1 December 2010〕〔World Music Awards to honor Celine Dion ''CTV News'' Retrieved 1 December 2010〕。カナダ人歌手としては史上最多売上記録を持つほか、全世界での総売上枚数は2億枚を超えており、世界の音楽史上最も売れたアーティストの一人でもある〔"Dion Named All-time Best-selling Canadian Act ". (6 January 2000). Allbusiness. Retrieved 12 October 2009.〕。
== 人物 ==
幼少より類まれな才能を発揮し、音楽マネージャーのレネ・アンジェリルと出会う。アンジェリルは彼女の才能と歌声に惚れ込み、自宅を担保としてデビューアルバムの発売資金を調達する。音楽はポップスロックソウルの他に、ゴスペルクラシックなど幅広いジャンルに影響されていて、ファンや評論家には彼女自身の声、歌詞の持つ本来の意味を歌い上げる能力などが高く評価されている。
1990年代には、「''ビコーズ・ユー・ラヴド・ミー''」、「''イッツ・オール・カミング・バック・トゥ・ミー・ナウ''」や、1997年公開の映画『タイタニック』の主題歌になった「''マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン''」の世界的大ヒットなどで、セリーヌ・ディオンは英語圏、フランス語圏におけるポピュラーミュージック界の大御所となった。
1999年から個人的な理由により一時キャリアを休止するが、2002年にはアルバム『''ア・ニュー・デイ・ハズ・カム''』で復帰。2003年から2007年12月15日には、ラスベガスシーザーズ・パレス・ホテルにて『''A New Day... Live in Las Vegas''』という定期公演を行った。2008年2月14日から10年ぶりとなるワールドツアー『Taking Chances』を行った。
2008年から現在に至るコンサートでは、尊敬するクイーンフレディー・マーキュリーへのトリビュートとしてWe Will Rock YouThe Show Must Go Onを歌っている。
2011年現在、シングル&アルバム総売り上げは2億枚を超えており、ローリング・ストーンズピンク・フロイドといった大物アーティストと肩を並べるほどの実績を持っている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「セリーヌ・ディオン」の詳細全文を読む




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