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アヴィニョン : ウィキペディア日本語版
アヴィニョン

アヴィニョンAvignon)は、フランスの南東部に位置する都市コミューン)で、ヴォクリューズ県県庁所在地である。
== 歴史 ==

=== ローマ帝国時代から諸侯領時代まで ===
ローマ帝国時代にはガリア・ナルボネンシス属州の主要都市の一つであった。5世紀に蛮族の侵入によって荒廃した後、737年カール・マルテル率いるフランク人によって滅ぼされた。カール・マルテルが戦っていたアラブ人の側についたことによる。その後、ブルグント王国、ついでアルル王国領となる。12世紀末、都市は独立を宣言し、共和制をとる都市国家となるが、長くは続かず、アヴィニョンはプロヴァンス伯領、次いでトゥールーズ伯領となった。中世末のカタリ派運動の中ではカタリ派を支持した結果、1226年アルビジョア十字軍を率いたフランスルイ8世によって占領され、武装解除された。カタリ派を支持した街への処罰として、市の城壁は破壊された。
キリスト教が入ったのは早く、70年司教座が置かれた。1309年ローマ教皇クレメンス5世がアヴィニョンを居所に定め、1377年まで教皇庁所在地とした(アヴィニョン捕囚)。1426年に大司教座がおかれた。1303年アヴィニョン大学が開かれ、フランス革命まで続き、法学で知られた。
アヴィニョン捕囚時代の半ば、1348年に領主プロヴァンス伯(兼ナポリ女王ジョアンナから教皇クレメンス6世にアヴィニョンが売却された。以後、フランス革命で没収されるまでアヴィニョンは教皇領となった。何人かの対立教皇は、アヴィニョンに教皇座を置いている。


抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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