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1976-1977シーズンのNBA : ミニ英和和英辞書
1976-1977シーズンのNBA[びー]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

1976-1977シーズンのNBA : ウィキペディア日本語版
1976-1977シーズンのNBA[びー]

1976-1977シーズンのNBAは、NBAの31回目のシーズンである。
== ABA吸収 ==
ABA1967年に創設されが、すぐに経営難に陥り、1970年には早くもNBAとの合併案が持ち上がった。しかし合併によるサラリー減を恐れたNBPA(選手会)の妨害によりこの案は頓挫していたが、1975年にはNBPAとの裁判にもようやく決着が着き、NBAによるABAの吸収合併が決定した。これによりNBAにとっては厄介な存在であったABAの、9年に及ぶ活動に終止符が打たれた。
ABA解散時の7チームのうち以下の4チームがNBAに加盟したため、NBAは既存の18チームから22チームに膨れ上がった。
*インディアナ・ペイサーズ (ビリー・ナイトレン・エルモア
*)
*サンアントニオ・スパーズ (ジェームス・サイラスジョージ・ガービンラリー・ケノンビリー・パウルツ
*デンバー・ナゲッツ (デビッド・トンプソンダン・イッセルラルフ・シンプソン
*)
*ニューヨーク・ネッツ (ジュリアス・アービング
*、ブライアン・テイラー
*、ジョン・ウゥリアムソン
()内はABA解散当時の主な所属選手。
*はNBAとの合併直後にチームを移籍した選手。

上記の4チームは320万ドルを加盟料としてリーグに支払わなければならず、さらにニューヨーク・ネッツは同じニューヨークに本拠地を置くニューヨーク・ニックスにも480万ドルの支払いが課せられたため、エースのジュリアス・アービングを手放さなければならなかった(フィラデルフィア・76ersに移籍)。前季ABAの優勝チームであったネッツは、エース不在と財政難という二重苦のため、長い低迷期に入ってしまう。
もっとも財政難に直面していたのはネッツのみではなく、9年間に及ぶABAとの競争はNBA全体を疲弊させてしまい、赤字に陥るチームが続出した。またこの頃続発した選手たちの薬物スキャンダルも手伝い、リーグのイメージは悪化する一方だった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「1976-1977シーズンのNBA」の詳細全文を読む




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