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カルロス1世 (ポルトガル王) : ウィキペディア日本語版
カルロス1世 (ポルトガル王)

カルロス1世(, 1863年9月28日 - 1908年2月1日)は、ポルトガル国王(在位:1889年 - 1908年)。暗殺されたことから「殉難王」()と呼ばれる。ルイス1世とその王妃であったイタリア国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世の王女マリア・ピアの長男である。
== 生涯 ==
1863年リスボンで生まれ、1889年10月19日に即位した。カルロスの放漫な財政運営、共和派に対する弾圧、そして自らの不倫は、ポルトガルの君主制の運命を決定付けるものとなった。植民地経営ではイギリスとの間に条約を結んでアフリカ情勢を安定化させたものの、内政では1892年6月14日および1902年5月10日の2度にわたって財政破綻を宣言し、これは産業への混乱、社会主義者・共和主義者の台頭、そして王制への批判を招いた。国内の不満に対して、カルロス1世は1906年ジョアン・フランコを首相に任命し、続いて議会の解散を裁可することで応じた。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「カルロス1世 (ポルトガル王)」の詳細全文を読む



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