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羽黒洋 : ミニ英和和英辞書
羽黒洋[はぐろ]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [わ, はね]
  1. (n-suf) counter for birds 2. counter for rabbits 
: [くろ]
 【名詞】 1. (1) black 2. (2) dark 

羽黒洋 ( リダイレクト:羽黒洋大典 ) : ウィキペディア日本語版
羽黒洋大典[はぐろなだたいてん]

羽黒洋 大典はぐろなだ だいすけ、1974年12月9日 - )は、東京都墨田区琴平町出身で、武隈部屋に所属していた元大相撲力士。本名は田中 大介。身長189.4cm、体重178.5kg、血液型はAB型。得意技は突き、押し。最高位は西幕下51枚目(2013年3月場所)。父は元関脇・黒姫山、祖父は北の洋(父の岳父であり、血縁関係はない)、弟は元序二段・羽黒國。好物はパン。ハンバーガーを10個から20個平らげることがままあった。現役時の体脂肪率は29%。好きな言葉は「行き当たりばったり」、嫌いな言葉は「根性」(いずれも現役時代の個人ホームページから、詳細は後述)〔ZAKZAK 2004年2月4日〕。
== 来歴 ==
父・黒姫山からは溺愛されて育ったと伝わっている。子供の時から力士に憧れたが、中学校を卒業した時点では力が無かったので高校で鍛えようと考え、明治大学附属中野高校に進学した。全国大会に出場し、関東中学校・関東高校・関東総合少年の部で優勝した。卒業後は大学に進学する予定だったが、幕下附出の規定が厳しくなったので、早く入門しようと考えて入門した。高卒間近の1993年3月場所、立浪部屋所属力士として初土俵。その体格から当初は出世を期待されており、実際に同年5月場所と7月場所でそれぞれ6勝1敗の好成績を残し、序二段通過まで初土俵から所要4場所という幸先の良いスタートを切っていた。ところが翌1994年3月場所で三段目での7戦全敗を喫し、翌5月場所から9月場所まで怪我により3場所連続全休を余儀なくされる。休場明けの11月場所こそ序二段優勝を飾り、幕下昇進目前まで番付を上げるも1996年1月場所と3月場所は怪我により休場せざるを得なくなりまたしても番付が後退。さらに1997年3月場所から9月場所まで慢性腎炎で長期休場。この慢性腎炎により10ヶ月の入院生活を送り、その後も腎炎が持病となっている。1999年2月にはそれまで在籍していた立浪部屋を離れ、父が創設した武隈部屋に移籍。初土俵から6年余りを要して1999年9月場所に漸く幕下昇進を果たすも初日より全休。直前の7月場所は皆勤したものの場所中の取組で怪我をしたので、この9月場所は公傷が認められた。
2002年5月場所、健康上の理由で引退。慢性腎炎を始めとして膝や肩、首の怪我など故障が多く、さらに風邪をひきやすい、プレッシャーに弱いなど元よりの心身の脆さもあって大成が阻まれた。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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