翻訳と辞書
Words near each other
・ 織田常昌
・ 織田常松
・ 織田常真
・ 織田常竹
・ 織田幹雄
・ 織田幹雄記念国際陸上競技大会
・ 織田広之
・ 織田広信
・ 織田広喜
・ 織田広良
織田広近
・ 織田廣喜
・ 織田弾正忠信長
・ 織田彈正忠信長
・ 織田彦五郎
・ 織田忠寛
・ 織田忠辰
・ 織田恒直
・ 織田恵美子
・ 織田悠希


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

織田広近 : ミニ英和和英辞書
織田広近[おだ ひろちか]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [おり]
 【名詞】 1. weave 2. weaving 3. woven item
: [た]
 【名詞】 1. rice field 

織田広近 : ウィキペディア日本語版
織田広近[おだ ひろちか]
織田 広近(おだ ひろちか、織田廣近、生年不詳 - 延徳3年9月24日1491年10月27日)〔『尾張群書系図部集』上 215頁〕)は、戦国時代武将。父は織田郷広岩倉城主で尾張上四郡守護代でもある「織田伊勢守家」当主の織田敏広の弟。子に寛広津田武永(織田寛近)、広忠(与三郎)。通称は遠江守。幼名は千代夜叉丸。通称は与十郎。法名は「珍岳常宝庵主」、「本住院殿珍嶽常宝大禅定門」。諱は郷近とも。
== 経歴 ==
長禄3年(1459年)、愛知県丹羽郡小口に小口城を築城し、居城とした。文正元年(1466年)、尾張守護の斯波義廉に従い、広近は一門衆のほか、大軍を率いて朝倉氏景(後の越前守護)とともに上洛している。〔『文正記』〕。
兄敏広の命で斎藤氏に備えるため文明元年(1469年)、尾張丹羽郡に木ノ下城犬山城)を築城し、小口城から移った。同年2月、尾張丹羽郡にあった空母山徳蓮寺を再興した(のちに大龍山徳林寺と改称)。文明7年(1475年)、嫡男寛広を兄敏広の養子としたため、もう1人の子寛近(津田武永)に家督を譲り、小口に隠居所・万好軒(現在の吉祥山妙徳寺)を立て、ここに閑居した〔『大口町史』〕。
文明13年(1481年8月清洲城主で尾張下四郡守護代でもある「織田大和守家」当主の織田敏定と子の寛広と共に上洛し、8代将軍足利義政に貢ぎ物をしている〔『親元日記』〕。『蔭凉軒日録』によると、長享2年(1488年)、美濃龍門寺領を巡って、京都の蔭凉軒主から広近宛に書状が送られた。このことから隣国美濃にまで影響力を持っていたのが窺える。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「織田広近」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.