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中島浩人 : ミニ英和和英辞書
中島浩人[なかじま ひろと]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [なか]
 【名詞】 1. inside 2. middle 3. among 
中島 : [なかしま, なかじま]
 【名詞】 1. island in a pond or river 
: [しま]
 【名詞】 1. island 
: [ひと]
 【名詞】 1. man 2. person 3. human being 4. mankind 5. people 6. character 7. personality 8. true man 9. man of talent 10. adult 1 1. other people 12. messenger 13. visitor 1

中島浩人 : ウィキペディア日本語版
中島浩人[なかじま ひろと]

中島 浩人(なかじま ひろと、1960年4月11日 - )は、東京都出身の元プロ野球選手投手)。左投左打。
== 来歴・人物 ==
横浜商では1978年夏の甲子園県予選決勝に進出。横浜高愛甲猛投手と投げ合うが3-5で敗退。甲子園出場はならなかった。卒業後は日本鋼管に入社。1982年都市対抗日産自動車の補強選手として出場、準決勝で住友金属に敗れる。同年のドラフト5位で巨人から指名を受けるが、これを保留したまま1983年都市対抗に出場。準々決勝まで進出するが東芝に敗退。同年11月に巨人入団。大型左腕と期待され1985年に6試合に登板するが、その後は出場機会がなく1987年限りで現役引退。
オーバースローからのストレートに威力があり、変化球はカーブ、シュート、スライダーを武器とした。
1985年9月、初登板の大洋戦で平田薫に試合を決定づける満塁弾を浴び巨人は敗戦、この日自力優勝が消滅する〔【9月8日】1985年(昭60) “左殺し”平田薫、執念の満塁弾で巨人自力V消滅 スポーツニッポン 2007年9月8日〕。平田の大学時代の同僚で一塁手の中畑清が簡単なファールフライを落球し、そこから打ち込まれた。翌日のスポーツ紙には「鹿取金城らがいたのになぜ中島?」と、この継投を疑問視する記事が掲載されてしまった(1985 9/9 報知新聞関西版より)が、作家の池波正太郎は、「池波正太郎の銀座日記」の中で「何から何までうまく運ばなかった試合に初登板させられ、緊張と不安と闘いながら投げ抜いた中島は、すばらしかった」と書き、あまり例のないことでもあり話題になった〔池波正太郎の銀座日記新潮文庫、1991年、P204〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「中島浩人」の詳細全文を読む




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